P.A.WORKS Blog

有頂天日記 7月30日

こんばんは松子です。

「有頂天家族」をテレビで視聴していますと、途中で南座様のCMが入りますよね。

特別舞台体験なるものがあるようです。とても気になります。

イベントではスタッフとして、あちこち舞台裏を回っていましたが、あの花道を歩けるなんて!

南座様の取材の際に、貴重な写真を撮る事が出来ました!

実は・・・屋根瓦一枚一枚に【南座】と文字は入っているのです!

細かい部分にまで手がこんでおられます!本日はそんな貴重な一枚をお届けいたします^^

火, 7月 30 2013 » 有頂天日記 » コメントは受け付けていません。

有頂天日記 7月29日

皆様

こんにちは。

山本です。

 

『有頂天家族』捲土重来Tシャツ、なんかもう世にでてますやん。

コスパさん・・・・

めっさかっこいい・・・

もう予約も開始しているようですね。

あれ、5銀閣もらうとこのTシャツがもらえるんですか?

これは罰ゲームでもなんでもないような気がしますね。

是非下さい。これなら全然街中歩けますよ。

まぁ、どんなTシャツでも自分は歩けますけどね。

さて、皆様昨日放映の【有頂天家族4話】は見て頂けましたでしょうか?

盛大に空中で花火を打ちあっていましたね、良い大人の皆さんはあんな危険なことは

しないでくださいね。

劇中で矢三郎達が乗っていた奥座敷ですが、実は後半の崩れていくところ以外で、動いているカットはほぼ3Dなのです。

初めてモーションチェックした時は、奥座敷がビヨーンと伸びながら空を飛ぶのを見て

笑ってしまいました、すげぇ!ってな感じです。

中の人達がどうなっているかは気にしないです。

花火と言えば奇遇にも7/27に隅田川花火大会が行われました。

沢山の人たちが楽しみにしていたはずの花火大会ですが、どうやら何処かの阿呆のせいで

悲惨なことになってしまったようです。

ニュースにもなっていましたが、花火大会開始後まもなく土砂降りの雷雨となり、風も強かったため約30分で中止になった。始まってからの中止は初めて。再開催はない。

なんと・・・・

一体誰が【風神雷神の扇】を使ったのだ。

今回は例年より2800発多い2万2800発が打ち上げられる予定だったが、実際に打ち上げられたのは約7900発にとどまったとのこと。

会場に集まった人は78万8000人という。

狸のいたずらにしては性質が悪い。

天狗の愉悦にしては器が小さい。

人間の嫉妬にしては度が過ぎている。

神様の気まぐれにしてはあまりに軽率だ。

とにもかくにも花火を楽しみにしていた人たちにとってはショックだったかもしれない。

案外、びしょ濡れになりながら帰るのもまた一興と夏の思い出として笑い話にする輩もいるやもしれん。それに渡邉ではないが、濡れるということは透けるということで・・・・これはやめておこう。

なんであれ、面白きことは良きことである。

仮に自分が【風神雷神の扇】をもっていて、

浴衣を着て歩くカップルを見ると、無心でその扇を振るうであろうな、躊躇なく。

それが男というもの。

それでは。

山本

月, 7月 29 2013 » 有頂天日記 » コメントは受け付けていません。

有頂天日記 7月28日

 【有頂天家族】第四話-狸たちの「大文字納涼船合戦」をご視聴いいただきありがとうございます。
いやあ、下鴨家VS夷川家の激しい京都上空戦でした。

 1枚1枚の絵を手作業で描くアニメーションの弱点は物量なんですね。
『お祭り』を描くにはそれなりの時間と労力と覚悟が必要です。
「大文字納涼船合戦」が京都上空で本当によかった。
地上戦なら今頃まだ逃げ惑う群衆の動画を描いていたでしょうね。

 「P.A.WORKSと言えばお祭りでしょ?」と言われることがあります。
確かに【true tears】から振り返ってみれば、お祭り、お祭り、ライブ、お祭り、殺戮合宿…ん? 合唱、学園祭と続いていますなあ。
【true tears】では『作品が求めるならば、手間のかかる表現からも逃げない』という意思表示がありました。
当時の表現の流れに抵抗したかったんですね。それが出来るスタジオになりたいという目標がありました。

 森見登美彦氏の作品にもお祭りがよく登場します。
宵山、祇園祭、五山の送り火、ええじゃないか騒動、学園祭、クリスマス(ファシズム)、偽右衛門選挙…
僕と同じで人ごみとか人前とか苦手そうに見えるのに、実は先生はお祭り好きなんだろうか?
『お祭り』をモチーフとして繰り返し使用する意図は何だろうと思いまして。
京都南座で行われたイベントのトークショーで先生に質問してみたんですね。
先生は何故繰り返し『お祭り』を描かれるのか?
先生によると、広げた風呂敷を終盤で一気にワーッと収束させる手段として使うらしいのです。
フムフム。でも、それだけかしらん?
何となく消化不良で、あれからも考えているのです。
森見登美彦氏にとっての『お祭り』とは何だろう?

 森見作品の登場人物は、よく法界悋気をお祭りにしていますよよね。
「クリスマスを呪い、聖ヴァレンタインを罵倒し、鴨川に等間隔に並ぶ男女を軽蔑し、祇園祭において浴衣姿でさんざめく男女たちの中に殴り込み、清水寺の紅葉に唾を吐き、とにかく浮かれまくる世間に挑戦し、京都の街を東奔西走、七転八倒の歳月を過ごした」【太陽の塔】
鍋会を重ねて「運命の黒い糸」で結ばれた友人たちのとの、反『お祭り』という『お祭り』の記憶を繰り返しているように見える。
きっと森見先生は学生生活が楽しかったんだろうなあ、と想像してみる訳です。
ご本人は京都南座のトークショーで、バラ色のキャンパスライフを否定して、灰色でしたと言われたけれど、作品からはその頃の『お祭り』を肯定する優しい眼差しを感じます。
学生時代の友人曰く、「明らかに、自分が社会に出るって分かっていないんです。いまある日常がそのまま続いていきそうな錯覚に陥っている」(【文藝】特集対談)
やっぱり森見登美彦氏の創作の車輪を廻しているのは、鴨川デルタを中心とする半径2キロで起こった『お祭り』の肯定的な記憶なんじゃないかと思うのです。今のところ。

 アニメーションの制作現場は、僕にとってはお祭りのようなものです。
作品の企画立ち上げから納品まで、祭りの準備から祭りの打ち上げにも似ています。
その高揚感が20年以上僕の車輪を廻し続ける刺激になっているのです。
だから祭りと祭りのスパンが短いTVシリーズの制作が好きなんだろうな。
それにTVシリーズでは制作期間中に放映が始まるので、視聴者の反響を知ることもできますからね。
大勢の見物人の前で山車を引いている感覚ですね。

 【有頂天家族】の劇伴で『M02』と呼ばれている曲があります。
よくラストシーンの矢三郎のモノローグに使用されている曲ですね。
『お祭り』の余韻にピッタリだと思いませんか?
この曲を聴くと、焚火の残り火を一人で眺めているような、『祭りの後』の情景が思い浮かんで淋しくなります。
【有頂天家族】を作り終えて暫くすると、きっとこんな空虚感に襲われるんだろうな。
それでも、僕らはまた直ぐに新しい祭りの準備を始めるのです。
有頂天な阿呆っぷりを晒して、フーフー言いながら重い山車を押そう。
そうやって体力の続く限り、グルグルと創作の車輪を廻し続けながら『お祭り』を楽しもう。

堀川

月, 7月 29 2013 » P.A.WORKS Blog » コメントは受け付けていません。

有頂天日記 7月26日

毎週金曜日はV編集の為に上京している訳であるが、

今週はいつもと少し違う。

深夜高速バスの予約ページにアクセスをして唖然とした。

 

7/25(木) 富山⇔東京 空席×

7/26(金) 東京⇔富山 空席×

 

うんむ。

では、来週の分を取っておこう。

 

8/1(木) 富山⇔東京 空席×

8/2(金) 東京⇔富山 空席×

 

…だが、待てしばし。再来週の分を取っておこう。

 

8/8(木) 富山⇔東京 空席×

8/9(金) 東京⇔富山 空席×

 

くたばれっ!くたばれっ!

 

そう心の中で叫ばざるを得ない。

3週先まで予約は一杯。仕方なく、飛行機での上京に切り替えた。

 

金曜の朝、空港に行ってまた唖然とする。

朝一の飛行機だというのに人でごった返している。

一体、これは何だというのだ。皆、どうしたというのだ。

唖然としながら、ふと子供連れが多い事に気づく。

そして私はようやく状況を理解した。

 

言うまでもなく「夏休み」である。

 

日本中の子供と学生たちが歓喜に沸きかえり、

あるものは山へ芝刈りに、あるものは川へ洗濯に。あるものは海へナンパしに。

すいか、花火、日焼け、プール、風鈴、怪談、恋物語、徹夜で宿題。

そして、五山の送り火。夏の京都とくれば有頂天家族である!

 

飛行機の窓から見える真っ青な空と雲に日本の夏の御着到を感じつつ、

本日は6話V編を無事に終了。

 

皆様も今週放映の第4話「大文字納涼船合戦」にて夏を感じて頂きたい。

ちなみに私は準備万端である。

夏休みはもうないが、枝豆、冷奴、ギンギンに冷えたビールがあるのだから。

 

相馬

金, 7月 26 2013 » 有頂天日記 » コメントは受け付けていません。

有頂天日記 7月25日

本日は担当話数「編集」のため東京へ逆出張です。

もちろん、東京のP-10スタジオへも入りました。

入社日以来の東京スタジオin

ということだけあって緊張していました。

それでも初編集なので下準備に追われて、挨拶もそこそこにスタジオを後にすることになったわけですが…。

もう少し東京スタジオの皆さんと話したかったです。

いつもはTV会議越しでしか会えないのですから…。

まぁ、そんなことはさておいて。

編集ですよ編集。

やはり、ここでも『プロの仕事』に魅せられました。

1秒未満の戦いの世界でした。

「ここに1秒足すだけで、もしくは、ここでコンマ数秒足すだけで、このcutはこんなにも見え方が変わってしまうものなのか。」

と考えていたのも束の間、自分の仕事も疎かにするわけにもいかないわけで、ほとんどの時間は尺変更のメモを取るので精一杯でした。

編集が終わり、帰りのバス出発までの時間。

監督と自分は1時間前に着き、近くの喫茶店へ行くことに…。

入社して4ヶ月の新人が監督と2人きりで「お茶」ですよ。

これまた緊張というか、恐縮モノでした。

が、監督の話に聴き入り、1時間とは思えないほど話し込んでしまいました。

「編集」も制作の仕事の1つで経験として糧となりましたが、監督と話した1時間も貴重な経験をさせていただきました。

吉原監督、編集担当のジェイフィルム 高橋様、ありがとうございました。

 

毛利

木, 7月 25 2013 » 有頂天日記 » コメントは受け付けていません。

有頂天日記 7月24日

否、忘れていたわけではない。

 

正確に言えば、思い出すことが出来なかった。

 

凡ゆる人々への啓蒙的思索を脳裏に走らせる中で、ふと生じたシナプスの断崖。コルサコフ症候群、ウェルニッケ脳症を疑ったが、チアミンの摂取を怠った心当たりがないのでその可能性は排除し、自らの思考を辿った。しかしやみくもに探すも辿り着かず、されどいつしかそのなくした何かが、探すようなものではなかったのかもしれないという核心を得、それはまるでゴータマシッダールタが入道した時の如くで『あるようでない、ないようである』という脳が何かを喪失していながらもしかし喉元に引っかかる、胸に残るこの感じをまるでかの『空』へ辿り着いたか?と、なるほどとうとう御仏の貴さに来たかと我ながら自身の唯我独尊っぷりに心を奪われていたところ、

Pから

 

「ブログは?」

 

という電話。

時間をみたらもうすぐ明日。我が生誕の日。しかし書き終えたころには、もう中天に日がかかる。

思わず諸手で天と地を指差して全ての人がみな平等に尊いという大乗的解釈の元、

「あー今日なにかこっかなー」

などと今日もまたつぶやいた。ツイッターに。

 

はてさて、得てして今日もまたいつかの如く、DB差しへひた走る。

 

今はモウリンがDB差し。

やのあさってには我が身も慌てふためき出す。

 

そうして今日もまた、原画の回収を急ぐのだ。

 

渡邉

 

水, 7月 24 2013 » 有頂天日記 » コメントは受け付けていません。

有頂天日記 7月23日 

さて、先週は3話の放送でしたね!こんばんは、松子です。
3話で少し出てまいりました「五山の送り火」。

京都では「梅雨が 祇園祭で 明け、夏が 五山送り火 で 終わる。」と言われています。

祇園祭のクライマックスでは大きな山鉾が車道を巡行します。

大きな山鉾が通るとき、実は車道の信号が折りたたまれるのですよ!!!

私もこの目で確認したことはないのですが・・・。

今年こそは巡行の日に実家に帰りたかったです(;_;)

でも、8月16日は「五山の送り火」があります!

みなさんも『有頂天家族』ご視聴後は、是非「五山の送り火」へ^^

松子

火, 7月 23 2013 » 有頂天日記 » コメントは受け付けていません。

有頂天日記 7月22日

皆様

こんにちは。

 

最近、オリジナルのTシャツの作り方を調べてみました。

案外作れそうなものですね。

 

え、なんでそんなものを調べているかって?

それはこのブログを読んで下さっている方はわかると思います。

分からない方は最初から読んでくださいませ。

 

現在3銀閣。

 

ちなみに自分は鍋が好きである。

どれくらい好きかというと、学生時代は月に2~3回友人を集めて

盛大に阿呆をやっておりました。

だいたい自分の家で鍋をやるのですが、もっぱら自分は濃いものが好きだ。

坦々胡麻鍋、キムチ鍋のローテーションである。

 

塩?よせ鍋?水炊き?

 

否である。

あまりにも周りがごねる場合は、鍋を二つ用意したものだ。

濃い味と薄い味を。

自分は濃い味しか食べませんがね。

 

PAに入ってからも、定期的に鍋をやっていた。

この間の内入り時に使用した土鍋は自分の物である。

東京に来てから購入した土鍋ではあるが、すでに何十回と鍋をした

愛着のある土鍋である。

 

ところが。

 

内入りが終わり、後片付けをして、土鍋を紙袋に入れた。

そして渡邉がそれを持っていた次の瞬間。

底が抜けて、地面に落ちました。

そしてこれである。

 

ああぁ。

 

土鍋が・・・・。

なんてこった。

これでしばらく鍋ができないではないか。

そしてまた買わねばならんではないか。

これは、勤務時間内に起きたことなので、経費的なアレでどうにかなりませぬか

相馬P!

もし可能なら、もっと大きな土鍋を買いたいな。

 

ただ有頂天家族を作っているせいで、ふと思うことがある。

狸はもちろん、鍋にされるのは嫌だろう。

それは狸だけでなく鳥も豚も牛もいやであろう。

そうすると、少しばかり食べるのが憚られる。

だけどやっぱり肉がうまい。

うまいものはしょうがないので、やはりおいしく食べてあげるのが

礼儀というものでしょうか。

とかなんとか考える今日この頃。

 

それでは。

 

山本

 

月, 7月 22 2013 » 有頂天日記 » コメントは受け付けていません。

有頂天日記 7月21日

【有頂天家族】をご覧いただいた皆様から、「京都に行きたくなった」という反響をたくさん頂きました。
そんな京都巡礼の皆さまも第3話では、「扇屋の奥に海って何処やねん?」と思われたと思います。

弁天が海に飛び込んで鯨の尻尾をつかむ場面は、森見登美彦氏も楽しみにしていたシーンだったようで、アフレコでは鯨の尻尾を引っ張る弁天の高笑いを聴いてニッコリと口角を上げておられました。
僕は弁天のいたずらに、「何すんだヨゥ…」と困惑する鯨の鳴き声がお気に入りです。

では、この海は何処にあるのか?
こんなとき僕らが原作者に「ここのモデルは何処ですか?」と安易に訊くのはちょっと憚れるんですね。
原作からいろいろ調べたり想像を膨らませているうちに、どんどん作品への理解が深まる楽しみがあるのです。そこは時間をかけたいところ。

『地図だけが知っている日本100年の変貌』(竹内正浩 著)を読むと、扇屋「西崎源右衛門商店」のある三条高倉からずっとずっと南に下ったところには、「巨椋池」(おぐらいけ)という大きな池があったそうです。
今は存在していません。昭和8年から16年にかけて干拓されました。
周囲16キロメートル、水域面積7.94平方キロメートルだったといいますから、池というより湖ですね。

ハハーンそうか! 森見登美彦氏も京都の歴史を調べているうちに、この巨椋池を見つけて思いついたんじゃないだろうか。
「巨椋池が巨鯨池だったらオモチロイ!」
京都最大の淡水湖に妄想の鯨を浮かべて楽しんだのではないか?

先生とお話をする機会があったので僕の推理を確かめてみました。
えーっと、巨椋池とは無関係のようです。ショボン。
最近この「京都の海と鯨」の森見登美彦氏の答えを【TV Bros】に掲載されたインタビューで読みました。

「夏だからなんとなく海というノリで書いたところなんです(笑)」(森見)

えっ…ノリ? ま、まあそういうものですよね。

森見登美彦氏のファンはご存知の通り、作品のほとんどが京都を舞台にしています。
多くの作品で繰り返されるモチーフ、作品を股に掛けて出没する人物と小道具。
それらをパズルのように繋げて、森見作品に通底する作者の意識を探る楽しみがあります。
ご本人が「なんとなくノリで書いた(笑)」だったとしても構わない。
「京都だったらまあ、アリかな」みたいな。【公式読本】それでオーケーなのです。
定番のモチーフの上に「ノリ」や「思いつき」をレゴブロックのように積み上げていったら、作者が無意識に作り上げた謎多き京都の輪郭が立ち上がってくるんじゃないかという楽しみ。

僕も歯科医院のお姉さんに言われたい。
「この謎を解いてごらん。どうだ。君にはできるか」

下鴨総一郎が山そのものに化けた偽如意ケ嶽の怪奇を原作では次のように表記しています。

木のうろから無数に生み落される達磨たち、歌って踊れる鶏のダンスユニット「ゴージャスチキン」、霧に沈む木立の奥を横切る白い巨像・・・

僕らはこれらを映像に変換しなくてはなりません。
ゴージャスチキンって何者やねん?どんなビジュアルをしているんだろう?
森見作品には「一切の高望みを捨てよ」「詩人か、高等遊民か」「倒れる偶像に押し潰されるな」と引用が多い。
「ゴージャスチキン」にもきっと出典があるはずだと僕らは考えまして。
古典喜劇映画の匂いがする。
そんなヘンテコなキャラが登場するフランス映画は無かったか?
某大学映画サークルの監督三羽烏の一人が撮った映画に登場しているかもしれない。
そんな訳で、もう一度森見登美彦氏の他作品を探ってみる。

そりゃあね、頭のどこかで、先生の単なる思い付きじゃないか?言葉のインパクトだけで書かれたんじゃないかと薄々気づいている自分もいますが、先刻承知であっても調べるのが原作に惚れた制作者の作法というものなのです。

もんどり打つの「モン鳥とは、ラーマヤナにも登場するインドの伝説上の鳥である。これが救いがたく鈍くさい鳥で、じつによく転ぶ」【走れメロス】
そう書いてあれば、一度はウィキペディアに「モン鳥」と打ち込んでみなくてはなりません。

淀川教授が「これはね、ペネロンプチ・アモ・ムチムチ、つまり現地の言葉で『美女の鼻毛』と呼ばれている果実さ。試験場の温室に僕が植えた」【四畳半王国見聞録】
そう言うのであれば、疑念を払拭して『ペネロンプチ・アモ・ムチムチ』と正しく打ち込んで検索してみなければならないのです。

話がそれました。
歌って踊れる鶏のダンスユニット「ゴージャスチキン」とは何者か?
猥褻物陳列ダンスユニット『桃色ブリーフズ』とは関係あるのか?
結局手がかりは見つかりませんでした。いえ、正しくは、ビジュアルの手がかりを見つけたのは、5月末に発売された最新作【聖なる怠け者の冒険】の中でした。

土曜倶楽部の一員にゴージャスさんと呼ばれる「鶏冠も鮮やかな一羽の美しい軍鶏」がいるだとう!?
しかも【ダ・ヴィンチ】のインタビューでは、「歌って踊れる鶏のダンスユニット『ゴージャスチキン』」とか、「見事な天狗笑いであった」とか、当時の自分が完全にその場の思いつきで、字面や語感の面白さだけで書いていたりする」、という解答が!

いいんです。こうして原作の表現に翻弄され続けながら作り続けることも愛なのだ。
字面や語感、ファンタジーを映像にすることこそ、アニメーションのクリエーターが頭を捻って挑戦する表現であり、原作ファンに納得してもらえるかの勝負どころでもある。
そこにずっと絵コンテで格闘してきた吉原監督と、森見登美彦氏は【公式読本】の対談でこう言っている。

吉原「森見さんや読者のみなさんのイメージをできるだけ裏切らない形で、でも僕らなりの想像力を働かせて作ったほうが、いいものになるだろうと思ったんです」

森見「それは絶対正しいです。原作者だからといって、何もかも知っているわけではありません。『有頂天家族』の登場人物たちや世界の成り立ちに、僕にとっても分からないところがいっぱいある」

堀川

日, 7月 21 2013 » P.A.WORKS Blog » コメントは受け付けていません。

有頂天日記 7月19日

困った。
いや、何が困ったかと言うと日記が書けないのだ。
別にネタが無いとか書くことが無いとかではない。
自分でも心底困っているのだが、何度書いても日記がまとまらないのだ。

書いた後に読み直すと変な文章な上に内容も良く分からない。
これは一体全体どういうことであろうか。
今までこんな経験がないのでちょっとパニクッている。

今日は5話のV編だったのだが、結構ギリギリまで粘っていたので、
精神的に疲れているせいだろうか…。
いや、それにしてもこんなに文章が書けないなんていうのは初めてである。

もう書けないのであれば、1回お休みしてしまおうかとも思ったが、
これでも有頂天家族制作チームの長男である自分が日記を飛ばして、
1銀閣を獲得したとなると、下に示しが付かない。
なので、赤裸々に書けないことを書いてみた。

うーむ。
来週もこんな事態になったらどうすればいいのか…。
煮詰まるというのはこういう事を言うのだろうか。
なんとも妙な体験である。

相馬

金, 7月 19 2013 » 有頂天日記 » コメントは受け付けていません。

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