P.A.WORKS Blog

50を過ぎてから

 10月29日は【RDG】篠原俊哉監督の誕生日でした。
写真のケーキのチョコレートプレートは、キャラクターデザインの芝美奈子さん描き下ろしです。
 ペンギンに追いかけられるカメラを持った篠原隊長のイラストです。
食べちゃうのは勿体ないですね。

 篠原監督のペンギン好きはスタッフ間で知られていて、監督へのプレゼントも全てペンギングッズ。
その夜、ペンギンに囲まれた至福の監督は、童心を失わないダンディーな’59年生まれなのであります。
おめでとうございます。

 最近昨日のことはすぐに忘れてしまいますが、三才の頃の狭い世界の冒険と、小さな事件とワクワクとした記憶は、今でもわりとはっきりと思い出すことができます。
あの頃の好奇心と発見に満ちたワンダフルな体験を、そのままの感性で映像にしてみたいと思うのですが、果たしてこの先もずっと覚えていることができるのだろうか。

 僕はビールが全く飲めない理由を、苦味を感じる味蕾が子どもの頃のまま残っているからだと個人的に結論付けていまして。
もし、ビールを美味いと感じる日がくるとすれば、もう子どもの感性で創作するには大切なものを失ってしまったということなのだ、
と、その日が突然やってくるのを恐れているわけです。
半分は飲めない言い訳ですけど。

 最近知ったのですが、【RDG】原作者の荻原規子さんも篠原監督と同じ年のようです。
1988年に出版された著書【空色勾玉】のあとがきに、【ナルニア国ものがたり】の著者C・S・ルイスについてこう書かれていました。

 五十をすぎてこういう大人に育つ人もいる、こういう大人にわたしもなりたいと思いました。わたしも早く五十すぎになって、自分が少女の心を失っていないことを早く証明してみたい、などと考えたものです。

 では僕も、50歳を過ぎてからそんなアニメーションが作れるように夢をみよう。
セリフでは表現できない幼児の好奇心と興奮を表現してみたい。
もっともっと表現力が豊かな作画、アニメーションが本来持っている、生命力を伝える技能レベルに到達しないとね。

水, 10月 31 2012 » P.A.WORKS Blog » コメントは受け付けていません。

悪夢を喰うイルカ

 P-10スタジオ【RDG】のスタッフルームに農場ができていました。

あっ!
みなさん、植物にも愛を!

 ホビーストックさんから【TARI TARI】のイルカのストラップが届きました。

 え? イルカです!
一瞬金魚だったこともクジラだったこともありますが、イルカです。
出世魚だったんですよ。
好物はきなこもちチロル(きもなこちじゃないです)のようです。

 東京出張用に借りているアパートは深夜に帰って寝るだけですが、
枕元のスタンドライトの横には3冊の本がおいてあります。
そのうち2冊は村上春樹と先日87歳で亡くなられた丸谷才一のエッセイです。
二人ともいっぱいエッセイを出していますからね。
その中から1冊ずつ選んで置いておきます。
1日働いたお駄賃だと思って、どちらの本からも一篇ずつ読みます。
それ以上は読みません。ちびりちびりと味わいます。
ユーモアのある軽妙な文章が1日の疲れを癒し、心地よい眠りに導いてくれます。
10年たっても上がらない絵コンテの悪夢にうなされることもありません。
リテークを見逃したまま放映されたTV画面を見て、息が止まる悪夢を見ることもありません。

 朝には忘れちゃう豆知識も満載です。
例えば、北アメリカやヨーロッパの北の方では蝉はほとんど生息していないらしく、海外に日本のドラマを輸出する場合には蝉の効果音は外すんですって。
じゃないと蝉の声を知らない人はテレビの故障だと思うらしい。
アニメでも夏のシーンではよくヒグラシの効果音を使いますよね。あれ、取っちゃうんだ。
そんな人が日本に来て蝉時雨なんて聴いたら逃げ出すんじゃないかな。

 今晩からはスタンドライトにこのイルカ…正しくは
『坂井まひるのあいだをとってイルカさんストラップ』
をつるしてみようと思います。
そういえば、中学一年生で初めて買ったLPレコードはイルカだったなあ。

金, 10月 26 2012 » P.A.WORKS Blog » コメントは受け付けていません。

「先輩は新人に何を教えているの?」

 入社して数か月もすると新人制作も担当話数を持つことになります。
スケジュール管理とスタッフとのコミュニケーションが本格的に始まります。
その頃になると、新人制作の失敗やトラブルがスタッフを通して耳に入ってくるようになります。

「先輩制作はいったい何を教えているのか?」
今までそう言われる度に、どんな失敗なのかを訊いて教えたり、新人制作用のマニュアルを作ってみたり、集中的に研修期間を設けたり、新人一人に対して担当の先輩を一人つけてマンツーマンで指導したりと色々やってきました。

 でもですね、この「いったい何を教えているのか?」の答えは、どうやらそういうことだけじゃ対応できないんじゃないかと気になりまして。
富山戻り深夜バスの出発時間まで、まんが喫茶で時間を潰すついでに考えてみました。

 最近の新人制作と新人の頃の僕を比べても、今の新人の方がよっぽど処理能力は高いし、「最近の若い奴は」と言う先輩だって僕から見れば入社半年で仕事ができていたわけじゃない。
彼らも新人のころは話にもならないようなミスを連発していたけれど、今では仕事ができるようになってきたのは、誰かが手取り足取り指導をしたからだとも思えない。
彼ら自身の中で成長を促す変化が起こったと思うんです。何だろうな。
それが鍵かもね。

 そう考えると、新人制作が実践で「ミス」をしないように細部にわたって教えることが、「いったい何を教えているのか?」と言われないよう改善する根本的な対応にはならないような気がする。
工程管理の知識を身につける実務的な指導以外のものが必要ですよね。

 うーむ。新人制作が仕事を覚える為の内面的な要素には何があるか。
意識したことは無いけれど、僕は何だったろうな。
 たぶん一つは『屈辱』。スタッフから言われる一言に応える力を持たないときの悔しさ。
だからどんどんミスをしたり、力が足りなければ辛辣な言葉で叩かれればいいんです。
その屈辱をバネにして叩かれないような仕事ができるようになればいいのです。体育会系かもしれないけど。

 一つは、ものを作っている現場に参加しているだけで幸せだと思えること。刺激的なものを作り続けたいと思えることだけど、きっとこれは教えられるものではないです。

 
 一つは、『判断の拠り所』。
現場では何が正しいとは言い切れない様々な問題が噴出します。
それでも、よりベターな結果にするために、ダメージを最小限にするために、判断する必要があります。
その判断の拠り所は、この仕事をする上で、作品を作る上で、何を大切にするか。
僕は多くの失敗と少しの成功を経験しながら、『判断の拠り所』―P.A.WORKSの理念を固めようとしてきたと思います。
 すぐに思いつくのはそんなところでしょうか。たぶん先輩制作にも訊いてみれば、僕の3つと似たようなことがあったんじゃないかな。

 あ、それなんだ。僕が制作に何を教えればいいのか。
P.A.WORKSの制作は何を大切にしているのか。
それが先輩から後輩に継承されていくようにすればいいんですね。
その理念を元に、自分のしっかりとした考えを持って、どんな状況でも闘えるような制作に育てればいいのか。

 まとめますよ。先輩制作は実務指導だけではなく、新人が現場で今何を悔しいと思い、どんな判断に迷いがあるかに耳を傾け、自分の体験を語ってやる時間をもっと持つことでしょうね。
その機会と場を意識的に作って、そこから彼らが自分で答えを出すよう導ければいい。
では、時間が来たので富山に戻ります。

土, 10月 13 2012 » P.A.WORKS Blog » コメントは受け付けていません。

元気感染反応の触媒

 10月6日に金沢の湯涌温泉で『第二回湯涌ぼんぼり祭り』が行われました。
北國新聞によると、昨年を上回る7000人もの人々にご来湯いただいたようです。人がいっぱいいるお祭りって、それだけでいいものですよね。

 【RDG】設定制作の松子から、『ぼんぼり祭り』に来ているはずの岸田メルさんを探し出すというミッションがメール送られてきまして。
こんな大勢の中から見つかるものか。
似ている人はすぐ見つかりましたが人違いでした。

 でも、会えましたよ。
 岸田さんは去年の『ぼんぼり祭り』の望み札に『締切を守る』と書いたらしいのですが、どうもお焚き上げで燃やされず残っていたらしいんですね。
だから望みは叶わなかった、と、飛び入り参加のトークショーで語っていました。
それならと今年用にもう一枚書いてもらいました。

 今年のお焚き上げでは真っ直ぐ出雲に向かうところを見届けました。
最大のミッションコンプリートです。
 下の写真は僕がnano.RIPEのライブ後に『面影ワープ』を口ずさんでいたら、「何の歌ですか?」と訊いた脚本家の岡田麿里さん。
「演歌かと思いました」
何だとぅ!

 扇階段に飾られたぼんぼりが昨年より更にグレードUPして素敵でしたね。
地元湯涌の方々の工夫によって、このお祭りはこれからも美しく彩られていくのでしょうか。

 それと、『ぼんぼり祭り』と直接関係はないのでしょうけれど、初めて湯涌を訪れたときに発見した面白カカシが至る所に増えていて、その数が10倍くらいになっていたんじゃないかな。
アイデアも豊富でギャラリーさながらに目を楽しませてくれました。
これからも来湯客を楽しませるちょっとした工夫と変化を積み重ねる湯涌温泉らしさを応援したいと思います。

 扇階段での挨拶は、階段から見た光景と感じたことをそのまま言葉にしました。
このお祭りのために湯涌に集まった人々のエネルギーを視覚化できたらどんな光景だろうと想像していました。
 【花咲くいろは】本編中で描かれた、人々の『望み』が光の束となって天に昇って行くイメージカットのように、これだけ大勢の人々の、明日も頑張ろうと思う小さな『望み』の集合体が、ぼんぼり祭りの日にグワーッとお焚き上げで舞い上がる。その上昇する力強いエネルギーが視覚化できたら素晴らしい光景だろうなあと。
 この始まりが、小さな温泉旅館街の小さなお祭りから放たれた、というのが良いと思うのです。

 【花咲くいろは】は見てくださったみなさまが『明日も頑張ろう』と思える作品にしようと思って制作しました。
それがキッカケとなって、『明日もがんばろう』と思う気持ちが『ぼんぼり祭り』という象徴となったことで、作品が終わってもずっとお祭りは続いて、大勢の人々が毎年それぞれの『望み』を確認しに集まって、小さな温泉街も元気になって、と、元気が感染していく様は想像するだけで何とも素敵じゃないですか。

 ああ、そうか。今は未来に希望が持てないとか閉塞感だとか言われるけれど、エネルギーが無いわけじゃないんだな。エネルギーを放出するための化学反応を起こす触媒(キッカケ)が全然足りないんだ。
 作品をきっかけに前向きで元気なエネルギーが感染して、放出し続けられるような、そんな触媒的役割を担えたらいいな。

 この日、【TARI TARI】の合唱曲で協力してくださった幕張総合高校合唱団がNHK全国学校音楽コンクールで金賞を受賞したとの知らせを受けました。
関係者のみなさま、おめでとうございます!
ずっと記憶に残る高校時代最高の思い出ができましたね。
卒業して、これから先何年たっても時々思い出して口ずさんで欲しいです。
『きっとみんなも何処かで歌っているんだろうな』と想像しながら。
いやあ、よかった。嬉しいです。

月, 10月 8 2012 » P.A.WORKS Blog » コメントは受け付けていません。

お祭りの種蒔き

 衣替えは10月1日と決めていたけれど、台風一過の東京は蒸し暑く機を逸してしまいました。
今週いっぱい半袖かな。
 
 30日は江の島で【TARI TARI】イベントでした。天候が心配されましたが、おかげさまでファンのみなさまとスタッフの作品愛が一つになったと体感できた良いイベントになりました。
 個人的にはウィーンといっしょにガンバライジャーのテーマ曲を熱唱できて満足ダーダッダダッダ!!
花江夏樹君があんなにアドリブ役者だったとは(笑)
ヒーロースイッチ入っちゃったんだね。

 解ってはいたけれど幕張総合高校合唱団のみなさんは素晴らしかったです。
参加してくれてありがとう。全国大会応援しています。
もうね、合唱を聴き終わった後、感動と称賛と感謝の拍手で会場は割れんばかり。
あんなに心のこもった拍手の音は記憶にないなあ。
歌が人を心を揺さぶる力はやっぱり凄いや。

 【TARI TARI】では合唱の聴けるイベントができたらいいな、と思っていましたが、
「やろうよ、白浜坂高校感謝祭!」
それを実現してくださった関係者のみなさんにも感謝です。

 彼らの歌声を作品中の限られたパートでしか聴いてもらえないのはあまりに勿体ないと思うんです。
イベントにはおこし頂けなかった方も、ミュージックアルバムや設定資料集付録のCDで是非合唱フルバージョンを聴いて爽やかな秋の朝を迎えてください。
とはいえ、僕も先週木曜日にミュージックアルバムをポチッたのにまだ届かないんですけどね。

 制作スタッフが慣れない物販で直にファンのみなさんと触れ合う機会をもてたのもよかった。
あんなにテンションの高い制作は見たことが無かった。
僕がアルバイトでレジに触れたのはもう27年も前のことだから、今回は段ボールの解体しか手伝えることがなかったのですが、まあ、カッターを持って段ボールに囲まれているとノッポさんになった気分で楽しかったです。工作したい。

 この秋は城端のむぎや祭り、江の島イベント、今週末の湯涌ぼんぼり祭りと、イベントやお祭りが続いています。
盛り上がる会場の雰囲気に高揚する自分と、浮かれ気分にブレーキをかける自分がいまして。
今まで一つ一つ作品の種を撒いて育ててきたから、このような実りの収穫祭があるわけだから、浮かれていたりせずに今しっかり種を撒いとくべきじゃないのか、とも考えちゃうわけです。
楽しむのが下手というか、ハレとケのメリハリが付けられないというか。
あ、だから裏方が好きなのか。
お祭りの端っこの方で賑やかな熱にちょっと酔って、新しい種撒きの準備をしている幸せ。

水, 10月 3 2012 » P.A.WORKS Blog » コメントは受け付けていません。

欲しい言葉がみつからない

 P.A.WORKSホームページのブログを立ち上げた頃の投稿を開いてみました。
そこに【何故かマツコの自炊日記】を見つけまして。
そういえばあったな、そんなコーナー。
あれから3年。自炊は続いているのかと松子に訊いたところ、先日ミネストローネをいっぱい作って【RDG】スタッフに振舞ったのだそうです。
「おお、継続は力なり」
「ミネストローネが凝った料理かは微妙ですけど」
「まあ、な」

ついでにスタッフの評価はどうだったかと訊くと、篠原監督には
「ふつうに、美味かったと言われました」
‘褒められた’ではないんですね。
『ふつうに、ですか?』

 今度は手作りクッキーを差し入れして監督に食べてもらった感想は
「よく噛むと、甘いな」
『よく噛むと?』

 女性を褒めるのは難しいんです。
これはちょっと言葉が余分だった例。
篠原監督が気づいているかは分かりません。

僕もあります。
「松子、最近女性になったな」
「元から女性です」
これなんかは逆に言葉が足りない例。
女性らしく、というのが正しかった。

女性が髪を切ったことに気づかないのは男としてどうかと言われたことがありまして。
気付いていますよ。いちいち指摘するのは男として抵抗があるじゃないですか?
そんな男の美学は時代錯誤も甚だしいと一蹴されるのです。
いやあ、若い世代の男性諸君には同情しますよ。
それで、最近は僕もこっ恥ずかしいけど口にするようにしたんです。
「おっ、床屋へ行った?」
「床屋じゃありません」
これは言葉の選択の間違い。

「秋らしい服になったな」
「夏もずっと着てましたけど」
これは適当さの露呈。
もう無理。僕は貝になりたい。

そういえば、昔カミさんから「私のいいところを10個挙げてみて」、という拷問を受けたっけ。
「う~むむむむむ……………全部?」
却下でした。これは誠意が足りない。
僕と同じ過ちを犯した男性は世界中にいるはず。

 もちろん、こんな仕事をしているんだから、言葉に興味が無い訳じゃないんです。
セリフを考えるのは楽しいし、人に伝える言葉の力を信じている。
けれども、感情や意志を正しく伝えるには日常使用している語彙が乏しすぎる。

 キャラクターの日常会話に自然さを求めるあまり、使用するセリフの語彙が限られているとも感じています。
難しい言葉ではなくても、シンプルで美しい日本語ってありますよね?
それを伝えていく責任も僕らにはあるんじゃないかと思うこともあります。
それが可能な仕事だから。

 そんなわけで、日ごろから意識しないと使用する語彙は増えないので、せめて何か書くときぐらい類義語を調べて広げたいと思うのです。

 今日のブログのタイトル案も上京するバスの中で考えました。
『称賛はむづかしい』・『褒めるのも一仕事』・『持ち上げるのもたいへんだ』
これは大好きな作家、丸谷才一の著書【挨拶はむづかしい】【あいさつは一仕事】【挨拶はたいへんだ】からだから、それも気が引ける。

うーむ、欲しい言葉が見つからない。

月, 9月 24 2012 » P.A.WORKS Blog » コメントは受け付けていません。

打ち上げたり~

 9月21日は【TARI TARI】の制作打ち上げパーティーでした。生歌がいっぱい聴けて楽しかった。
会場の柱にひっそりと座っている和奏とドラを見つけました!

 【TARI TARI】はスタッフ自身が楽しんで、大切に作られた作品だということが、みなさんの挨拶からも感じられます。
 今回は制作記念品としてサブレの鈴を再現して関係スタッフに配布しました。
今後はこれを見て、紗羽のように納得できるまで夢を諦めない意志の象徴にしよう。

 そんな心地よいパーティーの余韻に揺られて本社スタッフといっしょにバスで富山に戻ります。
 でも、ちょっと時間が経ってから【TARI TARI】を振り返ってみると、「まだやれなかったことがある。もっと上を目指せるはずだ」という野心がゆっくりと芽生えてくるんでしょうね。
それが作り手というものです。

 P.A.WORKS作品は同じ顔ぶれのスタッフと組むことが多いのですが、今までに築いてきた作品作りのノウハウをスタッフ間の共通言語にして、作品毎に新しい工夫を忍ばせて作ってくれているようなところがあります。スタッフ間の刺激の相乗効果が嬉しいですね。
 そんなに自らハードルを上げて大丈夫なんだろうかと思いながらも、一線のクリエーターのモチベーションってそういうものなんだと理解もできます。
 僕も新しい刺激が欲しくて作り続けています。

 毎週放映後に「歌が歌いたくなった」とか、「これで1週間また頑張れる」といった感想を見つけると嬉しいですね。
 視聴者に元気を届けるアニメーションを1つ生み出すことができたなら、それが企画の立ち上げ時に目指した目標でしたから。

 僕もまた気持ちを引き締めて、作品から伝わる「力」が一過性のエンターテインメントにならず、より長く人々の記憶に残るようにしたい。
皮相的なガジェットの組み合わせではなく、作り手の人生経験から生み出された価値観を深く刻みつけるような作品を目指したいと思いました。
その為には技能だけではなく、創作エネルギーの塊のような生命力を持ち合わせているべきなんでしょうね。

 企画がその強いエネルギーを中心に転がり、大勢のスタッフを巻き込んで加速していくような現場の演出を思い描いてみます。
 そこから生み出された作品の生命力が画面から勢いよく溢れ出してこそ、視聴者の心に長く留まるものが出来るんじゃないかと思うのです。
そこを目指すことが課題だと考えた今晩の打ち上げでした。
 だがしかし!そこに辿り着くまでにP.A.WORKSの制作チームはいったいどれだけ長く急な坂道を登らなきゃならないんだろう…。
気が遠くなりそうな、いや、その為のワンダーフォーゲル部なのです。これは後付。

 朝5時30に富山本社に着きました。
自宅まで歩きながら、秋らしい東雲の空を撮ってみたり、もう一度ランティスの斎藤Pの長い長い嬉しい最終話感想留守電を聴いてみたり。

土, 9月 22 2012 » P.A.WORKS Blog » コメントは受け付けていません。

昭和は遠くなりにけり

 昨日の朝【TARI TARI】最終話の納品を終えました。
今日は制作数人がリフレッシュ休暇と遅い夏休みをとっているので、どこかゆったりまったりとした空気の漂うスタジオです。

 橋本監督は【TARI TARI】がTVシリーズ初監督作品でした。
スタッフの創作意欲を引き出すのも監督の仕事の一つです。
スタッフの拘りと粘りに支えられた良い作品を残せたのは、制作期間中時間をかけて監督がスタッフの信頼を獲得した結果だと思います。

【TARI TARI】には今までのP.A.WORKS作品には無いキャラクターたちの人間関係を感じます。
そこには監督の人間性が強く反映されているんだな、と理解したのは何本かの完成を見た後です。
シリーズ構成と脚本も手掛け、キャラクターのセリフの一つ一つまで完全に監督がコントロールすることによって作られたものなんでしょうね。
 深く関わってきた作品なので、個人的には暫く作品を客観的に見ることはできませんが、若い世代が捉える人間関係の距離を新鮮に感じられました。
それが作品全体の独特の空気感にもなっていますね。

 今後も若いプロデューサーと監督が組んで、どんどん新しいものを生み出して欲しいと思います。
P.A.WORKSでその機会を作るのは僕の役割なんでしょうが、それだけではやっぱりつまらない。
作品を作っていたい。熱い昭和の魂だってまだ捨ててはいけない。
巨大ロボからロートルパンチを繰り出したいという野望が沸々と芽生えてきました。
周りから止められないよう暫くは黙っていますけどね。

金, 9月 21 2012 » P.A.WORKS Blog » コメントは受け付けていません。

僕らのヒーローの条件

 日曜、月曜日に長野県の戸隠に行ってきました。これが3回目。
小説【RDG3 レッドデータガール 夏休みの過ごしかた】(荻原規子 著)の舞台です。

 ゴツゴツとした稜線の戸隠山は修験の地として知られています。
有名な「蟻の塔渡り」を修験者や忍者がシュタタタタッと走り抜けたのでしょうか。
【RDG】の篠原監督は以前のロケハンで、この上級者向け登山道を登りたそうでした。
群馬県の妙義山といい、こういった奇勝は人を惹きつけるんでしょうね。
監督どうぞ。僕は命が惜しいです。

 僕はヒーローもののTV番組を観て育った世代なので、そのうち熱いヒーローアニメーションを作りたいなあ…なんて考えていたら、こんなタイトルの本がありました。
『ヒーローを待っていても世界はかわらない』(湯浅 誠 著)
これは聞き捨てならんな、と、リュックに詰め込み長野に向かう武蔵野線で読んでみました。

 今の僕にとってヒーローの定義とは?
【TARI TARI】10話の横手美智子さんのシナリオには、ウィーン(肉レッド)のこんなセリフがありました。
「夢を奪い、希望を笑うやつ!それを俺たちは悪と(呼ぶ!)…なんで、最後まで聞かない!」
流れの関係で放映ではそのセリフはカットされましたが、ウィーン、イイヨ、イイ。

 希望のある未来を描き辛い今だからこそ、ロマンを提示できる奴がヒーローになればいい。
ロマンとは、大勢の人々の夢と希望を入れることができる器なのだ!
ヒーローは大きな器を作り出してくれる奴なのだ。そう思っています。
そんなヒーローは待っていても現れないないよって言われたら、ねえブツブツ。

 この本はとても解り易く書かれていました。
閉塞感で先が見えない不安は不満に変わり、怒りの矛先を向ける対象を作り出す。
システムを敵に仕立て上げて声高に「倒せ、倒せ」と叫ぶだけでは現状は何も変わらない。
デカいことを誰かにやってもらおうとする前に自分たちでやれることをやれ。
例えば云々、という内容でした。

 ふーむ。既得権益敵視か。15年くらい前のアニメーション業界がこんな感じだったかな。
今も現場の現状はあまり好転していないにせよ、業界内には不満の矛先を向ける強い相手もおらず支え合っている運命共同体になっちゃった印象です。
 収益構造の見直しに危機感を抱いて、アニメーション作品の新しい価値を生み出そうと誰もがもがいている。
全体が小さなコミュニティーでシンプルに繋がっていますからね。

 ビジネスモデルの開発と同じくらい制作現場には深刻な問題があります。
個人クリエーターの生産力が職人としてのピークを越えた時、企業は彼らにどんな将来の道を提示できるかです。
アニメーション業界の若者を育成する上で、分けて考えてはいけない問題です。
高い技能を身につけた者の育成者としての道
資質を活かせる事業部への転籍
普遍的なデザインの低年齢層向け教育番組の企画
起業のサポート
 この4通りの選択肢を用意すること以外思いつきませんでした。
でも、この本を読んで、まだまだ視野が狭いことに気づかされました。

 長い参道を歩きながらロケ中考えたことを、帰りの新幹線で角川の安田さんに投げて答えてもらいました。
ふーむ、時間は無いけどもっと考えてみよう。

 ま、そんなことを考えながらも困難に立ち向かうヒーローを近い将来アニメーションで描きたいですけどね。

 僕らのヒーローに敵がいるとすれば、夢と希望を創造する忍耐と努力を放棄する姿勢ってことですね!

土, 9月 15 2012 » P.A.WORKS Blog » コメントは受け付けていません。

アニメーションの背景美術展

 先週の日曜日に高岡市美術館の『山本二三展』に行ってきました。

 30分入館待ちの長い列にちょっと驚き。
美術館の駐車場から見える雲は「二三雲」でした。

 アニメーションの背景・美術がこれほど注目される時代なんですね。
年代を追って展示された背景を見ると、アニメーション作品における背景の役割、存在感(主張)が増しているのが解ります。
 【時をかける少女】の背景を壁一面に拡大したアイデアがよかったですね。
みんなあの前で記念写真を撮りたかったんじゃないかな。

 以前、日本のアニメーションの背景・美術がどんな表現を求めて歩んできたかに興味が湧いて、【TARI TARI】美術監督の東地和生さんに訊いてみたことがあります。
「背景、美術の表現、技術の流派を知る上でパイオニア的美術監督は誰ですか?」
東地さんが何冊かの本を貸してくれました。時間を見つけて読んでみようと思います。

 【山本二三画文集『輝きは背景の奥に』】に収められている男鹿和雄さんとの対談を読むだけでも大きな流れが解りました。対談らしい本音が多くて面白かったです。

 美術監督は新しい表現、刺激を求めて作品を渡り歩く職人なんですね。
東地さんもそんな話をしていました。職人には自分が岐路に立ったときに導いてくれる人との出会いが大切なんですって。
その出会いは「運」なのかなあ。
キャリアのスタートの出会いは「運」でしょうね。
でも、アニメーション業界は狭いですからね。そこで力を発揮できればそのうち誰かの目にとまって、才能と才能を結びつけてくれる人が現れるものだと思います。

土, 9月 8 2012 » P.A.WORKS Blog » コメントは受け付けていません。

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