P.A.WORKS Blog

創業15周年を迎えて~代表取締役・堀川憲司インタビュー・前編

P.A.WORKSが本社を城端ハイウェイオアシスに移転し、もうすぐ3か月。  社長挨拶でも紹介いたしました新たな事業展開も進行している中、7/1~ロサンゼルスでのAX(AnimeExpo)での15周年展開催も決まりました。これを機にあらためて代表の堀川憲司が「true tears」から「クロムクロ」までのP.A.WORKS歴代作品に対する思いや、今後のP.AWORKSについて語ったインタビューを掲載いたします。

 

創業15周年を迎えて~代表取締役・堀川憲司インタビュー~

インタビュアー

文:丸本大輔

●2人ではじめた会社で将来のビジョンもなかった

――まずは、創業15周年を迎えての率直な感想を教えてください。

堀川 ずいぶんと多くのチャンスに恵まれた良い15年だったなと思います。最初は2人から始めたので、ぼちぼち形になってきたかなとは思うのですが、同時にまだ全然形になってないという気持ちもあります。というのも、この業界自体がいろいろな問題を抱えていて、アニメーションを作り続けるのが、ますます難しくなっているんです。そんな時期でも、今の状態までもって来られたのは良かったと思うのですが、理想の形にはまだ遠い。そういう気持ちですね。

――業界自体の環境の変化によって、ビジョンから変化してきたのですか?

堀川 今、ウチの作画部長をしている吉原(正行)と2人ではじめた会社なんですけど。最初の目的は、アニメーターへの要求レベルがかなり高い吉原を監督にした作品もできるような制作現場を作ることだったんです。だから、安定した組織を作る意識もなく、将来的なビジョンもありませんでした。ただ、業界全体の状況として、テレビシリーズのアニメーションを監督のオーダーに応えて作ることがどんどん難しくなる中、どうすれば、アニメーションを作り続けることができるのか考えて、本腰を入れて人を育てはじめたんです。すると、いろいろなビジョンも見えてきた。それがたぶん、3年くらい経った頃だと思います。

――どんなビジョンが見えてきたのですか?

堀川 監督のオーダーにしっかりと応えて1本の作品を作れる。しかも、継続して作り続けられるチームを作るには10年はかかると思ったんです。実際、もう10年以上は経っていますが、その理想にはまだ到達できていないですね。

――作品づくりについて、ジャンルも、恋愛メインの青春物から人が次々に死んでいくホラーまで幅広いですね。

堀川 ウチの色を決めたくはなかったので、いろいろな作品をやりたいとは思っていました。特に作画スタッフを育てるためにも、ジャンルは意識的に広げていったつもりです。その方がいろいろな技術が要求されるので。でも、15年もやっていると、いろんなジャンルの作品を作ってきたとしても、技術的な面でのウチらしさは出てきたかなと。そこは大切に伸ばしていきながら、今後も「PAと言えば、このジャンルだよね」ということではなく、そのイメージを壊していきたいと思っています。

――最初の元請け作品「true tears」は、堀川さんにとってどのような作品なのでしょうか?

堀川 僕は2000年までは、東京の別の会社でアニメーションを作っていたのですが、この会社を設立してから「true tears」までの8年間はずっと下請けだったんです。だから、「true tears」では、久しぶりに元請けとして作品を発信できる嬉しさはすごくありました。スタッフの人数も少なく新人ばかりで力的にもまだまだだったので、西村(純二)監督やキャラクターデザインと総作画監督の関口(可奈味)さんたちに面倒を見てもらいながら、かなりの準備期間もかけて作ったんですよ。上映会やイベントなどで観ると、当時の気持ちを思い出すし、初恋のような気分になります。かなり特別な作品ですね。

 

●最初の10年を支えてくれた皆さんに恩返しを

――次の作品はアクション物の「CANAAN」です。

堀川 「true tears」が恋愛物で、繊細な感情のゆれを描く日常芝居を中心に描いたので、作画の次の課題としてアクション物に挑戦したかった。さらに物量に対する挑戦でもありました。上海を舞台にしていたり、情報量もすごく多いんです。「true tears」と同じく、少人数で試行錯誤を重ねて、時間をかけて作った作品という印象ですね。でも、完全に安藤(真裕)監督におんぶに抱っこだったと思います。監督は元々アニメーターで、絵も自分で描いちゃうような人。ウチのスタッフは、それになんとか付いていったという感じで、監督を助けるところまでは、全然いってませんでした。前半の作品はほとんどそうだと思います。自分にプラスになることは何もなかったのに、(新人たちの)将来性を見込んで面倒を見てくれた監督や総作監の人たちが、PAの最初の10年を支えてくれました。これからは、当時の新人たちが中心になって、皆さんに恩返しをしていかなきゃいけないと思っています。

――「Angel Beats!」では、ゲーム界のカリスマクリエイター麻枝准のアニメ進出が話題となりました。

堀川 これはアニプレックスの鳥羽(洋典)さんから声がかかって、やることになった作品。僕は物を作る人に対する嗅覚みたいなものがあって。現場で物を作るということを理解してくれて、その立場に立ってくれる人だと感じられないと、一緒に仕事ができないんですよ。鳥羽さんは、そういう意味で、この人となら一緒に仕事ができると強く思えた人。その鳥羽さんが「麻枝さんをプロデュースしたい」という熱い思いを持っていたので、みんなでそれに乗って作った作品です。

――劇中のバンドGirls Dead Monsterによるライブシーンや楽曲も印象的な作品でした。

堀川 当時、負荷のかかるバンドや音楽の演奏シーンをアニメでもやろうという流れが出てきていたんですよね。大変なのは分かっていたけど、ウチも逃げずにやってみました。それまでのウチの路線とは全然違うし、キャラクターデザインも芝居の方向性も違うので最初は心配したんです。でも、若いスタッフは水が合ってたようで、キャラクターに対して、すごく感情移入をしていったんですよね。自分はこのキャラが好きだみたいな完全にファン目線で作っていて(笑)。正直、はちゃめちゃな現場だったんですけど、それがはちゃめちゃな熱量を生んで。ボロボロになりながらもみんな楽しんで、愛を持って作っていました。

――創業10周年作品の「花咲くいろは」では、10年目だからこそできることに挑戦を?

堀川 そうですね。ウチにとって初めての完全なオリジナル作品で、この作品以降、オリジナルの作品に関しては、そのときに自分の考えていることをテーマとして強く打ち出していこうと思うようになりました。それまでは、シナリオに口を出すこともほとんどなかったんです。

――作品の物語の部分にも、より深く関わるようになったのですね。

堀川 はい。ただ、僕のテーマはいつも地味なんですよね(笑)。それを監督やライター、プロデューサーたちが「そんなんじゃ売れませんよ」と言って、そのテーマありきで、いろんなアイデアを出してくれるんです。

――「マイの魔法と家庭の日」は富山県が企画した作品とのことですが。

堀川 富山には「家庭の日」という日があって、それを普及させるためのアニメーションを作らないかという話だったんです。富山の小学校では家庭の日に作文を書くことが多いらしいのですが、その作文の中の一つが原案になっています。その他にも良い話の作文がいっぱいあってネタの宝庫でした。企画が終わった後も過去の「家庭の日」の作文を集めたくらいです(笑)。

 →後編へ続く

月, 6月 27 2016 » P.A.WORKS Blog

Top Footer