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原画集のはじめに

 この原画集には井上俊之さんが30年間のトライ&エラーを繰り返して培ったプロの実践的技術が込められています。日々試行錯誤しているアニメーターにとっては、個人的課題の解決方法を示唆する内容が数多く含まれていることでしょう。原画を始めたばかりの若手アニメーターには、井上さんが原画に込めた意図の全てを今は読み取ることはできないかもしれません。それでも井上さんのコメントをヒントに、経験豊富なアニメーターがどんなことを意識して描いているのかを吸収できれば、とても参考になると思います。

そんな理由で、この原画集は技術書として折に触れて見返して欲しいものです。5年10年とトライ&エラーを重ねることで、細部にわたって仕込まれた井上さんのこだわりから、経験に見合った新しい発見ができると思うのです。

 いつも気さくに話してくれる井上俊之さんから伝わってくるのは「アニメーション愛」なんですね。それは強度と耐久性のある職人的情熱を核にした愛なんです。

井上さんは手描きのアニメーションに限らず、人形でもクレイでもCGでも、この100年間の古今東西のアニメーションを実によくご覧になっています。時折僕らにもお気に入りの作品や作画のことをほんとうに楽しそうに語ってくれます。まるで新人アニメーターが、「俺もいつかあんな作品を作りたいんだ」と、声を弾ませて夢を語るような情熱が伝わってきます。そんな姿に同世代の僕は軽くパンチを喰らうのです。

 多くのアニメーション業界で働く人と同じように、僕もひそかな夢を持ってアニメーション制作の仕事に就きました。将来の職業を考える頃、「自分もあんな作品を作りたい」と心を動かされた何本かのアニメーション作品に出会ったのです。

最初の仕事はスケジュールも予算も限られたテレビシリーズのアニメーションですが、それでも作品が完成する度に満足していました。ところがある日ふと気づいたのです。自分がこの職業を目指すきっかけとなったあのアニメーションと、今制作しているアニメーションは全く別もののようだ、と。

それでも、いつか自分もあんな完成度の高い作品制作に携わる可能性があるんだ。僕らは同じ土俵に立っているんだ。そこを目指すチャンスは手にしたんだ、というちょっとした興奮が湧き上がってくるんですね。それが、将来の夢に繋げられるよう、日々目の前の仕事を頑張るモチベーションになっていたと思います。パーフェクトなアニメーターと言われている井上俊之さんにも、そんなことを考えていた新人の頃があったと思うんです。訊いたことはないので僕の想像ですけどね。

 たぶん井上俊之さんは、アニメーターを志した頃の情熱そのままに、30年以上まったく失速することなく走り続けているんだと思います。さまざまな理由でアニメーターを続けることができなくなったり、モチベーションを見失う人も多い中で、それを可能にしているのは仕事に取り組むあの姿勢なんでしょうね。

アニメートを極めたいという人並み外れた探究心と、仕事に対するストイックさ、負けん気と、頑固さと、誠実さと、サービス精神と、共同作業をするスタッフとしての良識かな。それらを維持し続ける努力と、どれだけ実績を積んでも褪せることのない「アニメーション愛」なんだと思います。

 ずっと高いところを現役で走り続けている井上さんのような人の存在こそが、アニメーション制作に携わっている僕らには必要なんです。この仕事に就いた頃に夢見ていたことが、いつの間にか一つ一つ形になり始めて満足していくことで、新人の頃の情熱も砂時計のようにゆっくりとこぼれいきます。でも、井上さんのような人が現状に満足せず、同時代にトップを走ってくれていることで、僕らも自分を矯めて新しい目標を定められるのです。

同世代のクリエーターも井上さんの圧倒的な仕事ぶりに触れると、自身の仕事をもう一度真摯に見直すキッカケになるんじゃないかな。
同じ制作現場で仕事をする機会に恵まれた若手アニメーターにとっては雲の上の存在かもしれません。そのときには技術ばかりではなく、井上さんが作画机に座ってただ原画を描いているだけで、その仕事の姿勢に周りのアニメーターが共鳴していく制作現場を是非体験してほしいですね。本人は意識していないでしょうけれど、井上さんの存在効果のおかげで完成した長編アニメーションはたくさんあるのです。

 井上さんには鉛筆(最近はシャーペンらしいですが)を置く日まで、アニメーターを志した頃の情熱を失わない姿を、これからも現役の第一線で僕らに見せつけていただきたい。手描きアニメーションの表現は、「一見頭打ちのようにも見えますが、やはり進歩し続けていると信じています」と、信念を持って描き続ける井上さんの姿から、僕らは勇気を貰うことができるのです。

その姿勢と仕事を、僕ら同世代のためにも、これからアニメーション業界に人生の多くの時間と情熱を注ぐことになる若手クリエーターの為にも、いろんな形で残しておきたいと思い、今回の原画集を編纂させていただくことにしました。

【有頂天家族】で井上さんに担当して頂いた原画は、テレビシリーズでは尻込みするような大変なシーンでした。それでも全く気にすることなくいつも通りに粛々と、膨大な数の原画をスケジュールに合わせて上げていただきました。最後になりましたが、この場を借りてお礼を言いたいと思います。

あ、ついでにもう一言。また近いうちに制作現場で会いましょう!!

水, 12月 18 2013 » P.A.WORKS Blog

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