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有頂天日記 8月11日

【有頂天家族】第六話『紅葉狩り』をご視聴頂きましてありがとうございました。
弁天の魅力が沁みる回でした。
能登麻美子さんの弁天は怖いくらい迫真の演技ですね。

「登場人物の中で誰に一番惹かれますか?」と、最近二度訊かれまして。
ふーむ、今は矢三郎と弁天の関係かなあ。

【有頂天家族 公式読本】で森見登美彦氏は言う。
「実はこの作品で一番書きたかった恋は、弁天に対する矢三郎の叶わぬ恋です」
…へ? 原作者はなにゆえ矢三郎の恋を叶えぬのか?
たいていの森見作品では主人公の恋は成就するではないか。
「だって私は人間だもの」
そりゃ詭弁だ!
だって森見登美彦氏は、狼と人間の女性の恋が成就するアニメに感動し、2012年7月25日にコップから溢れるほどの涙を流したと自身のブログで告白しているぞ。
狼ならよくて狸であったら何故だめなのか?
責任者に問いただす必要がある。責任者はどこか。
まあ落ち着こう。

そもそも矢三郎は弁天にいつ惚れたのか?
第1話を見ると洛天会ビルの屋上で一目惚れしたようだ。
桜の木の満開の下で出会う女に惚れてしまうのは、森見作品の登場人物の性か?
美しく謎めいた女に弱すぎるぞ!
いったい矢三郎は捉えどころのない弁天のどこに魅かれたのか。

森見登美彦氏は弁天役の声優、能登麻美子さんとの対談で本音を打ち明けている。
「弁天という人は・・・・僕にもよくわからない人なんです」
なーんだ。じゃあ、恋に堕ちた理由は矢三郎自身にも解かるまい。おしまい。
いやいや、そうは言っても原作者の撒いたパズルを解くのがファンの楽しみというもの。
僕の『弁天さんの魅力研究ノート』はしばらく抽斗にしまっておいて、矢三郎のことも考えてみよう。
矢三郎はイイやつだ。俺は矢三郎を愛しているよ。
下鴨総一郎の血を受け継ぎそこねた、ちょっと残念な子供たちの中で、作者自身の学生時代を投影したと言う矢三郎とはどんなキャラクターか。
他の兄弟が抱えているような悩みが矢三郎にはあるのかしらん?

P.A.WORKS前作の【RDG】の制作中、荻原規子先生の作品から、神話や心理学にも興味を持ちまして。
これが物語の創作やキャラクター造形には示唆の宝庫だったんですね。

神話や伝説や昔話によく登場するイタズラ者のことを『トリックスター』と言うようです。
創作では停滞する物語の事件軸を動かすのに便利なキャラクターです。
河合隼雄の著書【コンプレックス】からトリックスターの説明を引用しますと、

「トリックスターは、善であり悪であり、壊すものであり作り出すものであり、変幻自在で神出鬼没、全くとらえどころのないものである。低次元にとどまるときは、単なるいたずら好きの破壊者であり、高次においては、人類に幸福をもたらす文化英雄となる」

むむむ。これを言い換えられないだろうか。
人助けもすれば悪さもする。
「一族の誇りとはなんぞや。俺には分からんね」
古い狸社会の秩序の破壊者であり、新しい狸社会の創造者にもなる。狸と天狗と人間社会のどこにでも顔を出し、三社会を繋ぐ役割を担っている。
化けるのが得意ないたずら者で、中でも弁天に命懸けのイタズラを仕掛けることを生き甲斐としている。
今のところは何がやりたいのか本人にも解かっていないが、ひょっとすると将来阿呆嵩じて崇高となり得る存在。
そうか。矢三郎はトリックスターなんだ。
だが待て、しばし。

 もう一人。矢三郎と意気投合するかと思えば平気で狸鍋を喰らう。
いまや京都天狗界を睥睨し、狸に最も恐れられる半天狗は、金曜倶楽部のメンバーでもある。
ぱつんぱつんに膨らませた癇癪玉をもてあまし、「つまんない!つまんない!つまんない!」と当たり散らしたかと思えば、月を見上げて訳もなく泣き出す。
「欲しいものなんか、何一つ手に入らないわ」
目的もなく刺激が欲しいだけの傍若無人な駄々っ子が、もしこの先変わる事件が起こるとすれば、矢三郎との関係か、新たなキーパーソンの登場が必要なのかしらん?

 こうして比べてみると矢三郎と弁天はどこか似ている。
【有頂天家族】をひと味もふた味も面白くしているのは、この二人のトリックスター性もあるのかな。
二人とも「何かまだ足りない」日常に刺激ばかりを求めているけれど、目的があるわけではない。
自分の物語を創出できない現代の気分を代弁しているようにも見える。
このお互いのもやもやとした気分を先刻承知の二人だから、好敵手として惹かれあうのも自然なことではないかと思える。
けれどこの恋は最後まで叶わぬらしい。
ふーむ。なにゆえか。

 森見登美彦氏は、この【有頂天家族】で王道の物語を目指したとインタビューで答えている。
物語の王道とは何か。
人間と狸と天狗には、大昔から物語を紡いできた歴史がある。
大昔から消えることなく語り継がれてきた物語の中には王道の『力』がある。
神話や民話や昔話の中には王道がある。
そう考えると、過去の王道の物語からトリックスターを見つけて、矢三郎や弁天と比べてみれば面白いかもしれないな。
これからの矢三郎と弁天が辿りうる物語が見えてくるのかもしれないぞ。
二人にはどんな結末が考えられるのか。
矢三郎には将来阿呆嵩じて崇高となる布石があるけれど、弁天には今のところ見当たらないのが僕の個人的な気がかりなのです。
そこに弁天がわけも無く「哀しい、哀しい」と呟く理由も見えてこないかしらん?

森見登美彦氏自身にとっても「僕にもよくわからない人」だった弁天は、これから王道の物語の先を書き進めるうちに明らかになっていくこともあると思うんですよね。
2007年に先生が20代の勢いに乗って発表された【有頂天家族】から6年の歳月が経って、ご自身を投影した矢三郎や、ご自身が「一週間くらなってみたい」と思われた弁天が、ご自身とともにどう変化を遂げていくかを楽しみに待ちたいのです。

堀川

月, 8月 12 2013 » P.A.WORKS Blog

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