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有頂天日記 7月14日

 今夜放送の【有頂天家族】第2話作画監督担当大東百合恵の黙々と描きつづける背中である。
何故立膝抱えて描くのかと彼女に問いたい。
 うーむ、僕には『有頂天日記』口調を二週続けるのは無理でした。
それではごきげんよう、あとは頑張れ相馬P。

 もう5年以上前になるけれど、本社の新人動画マンと面談をしたことがありました。
「動画マンは原画マンになる日に備えて日頃から原画の勉強をしておけ。いっぱい動画(原画の中割り)を描きながら、原画をよく見ておけと言われるけれど余裕がありません。どうやって勉強すれば…」
とのこと。

 僕にはアニメーターの経験は無いけれど、発見の記録を習慣づけることを勧めました。
当時動画マンには作業日報的な自己管理表があったので(今も使っているのかしらん?)その日報に動画を描きながら気づいたこと、小さな発見を毎日忘れず記録すること。
焦らなくても1日たった1つの発見でいいから書き続けること。

 仕事を初めた頃は全ての経験が新鮮で発見のネタには困らないだろうけれど、そのうち見る視点を変えてみたり、比較してみたり、工夫しないと新発見は難しくなってくる。
『今日もこの原画から何か一つ必ず発見してやろう』と意地になって考えるようになる。
それを1年継続すれば300を超える発見の作画研究ノートができあがる。
彼らにとって絵を描くことは元々好きなこと。好奇心は刺激され、技術を探究する習慣が身に付くと思うのです。
ノートに先輩のアドバイスや担当した動画の完成映像を見て発見したこともメモしておく。
タイムシート上でイメージしたスピードよりも、映像の動きはとても速いと感じるかもしれない。
毎日作画の新発見を続けたら、次第に探究するテーマも高度なものになっていく。
1年後にはライバル狸からこう言われる。
「おまえは作画博士か!」

 知識が膨らんでくると早く原画マンになって試したいアイデアが次々と湧き出てくる。
そこで、赤くて硬い表紙のついた方眼ノートを用意する。表紙にタイトルを書く。
『将来原画マンになったら試したいことリスト』

 森見登美彦氏の作品の登場人物たちは多くのリストを作成している。
『お姉さんに会ったときに話すべきことリスト』
『注目に値する女性リスト』
『長い夏休みができたらしたいことリスト』
『京都に帰ったらやりたいことリスト』
『将来お嫁さんを持ったら実現したいことリスト』

 ん?ああ、そうか!
高藪智尚(【太陽の塔】)の仮説、「もし精神が位置エネルギーを持つとしたら、落下するときにはエネルギーを放出するはずだ」だ。
 やりたいことリストの持つ位置エネルギーが高いほど、実現した結果との落差によって膨大なエネルギーが放出されるとすれば、法界悋気にもほどがある腐れ大学生たちが生み出す底知れないエネルギーによって世界を救おうという迂遠な試みを作家は繰り返していたんだな。これは今日の発見。

 僕のPCには『将来アニメ化したいオリジナル企画リスト』のフォルダーがあります。
所謂ネタ帳ですね。オリジナル企画実現のチャンスがいつ貰えるかは分からない。
「チャンスさえもらえればその場でいくらでもアイデアを出せます」
そんな自信は無いので、定期預金を切り崩せるよう日頃からネタを貯金しておいたほうがチャンスが巡ってきたとき役に立つからね。

 『文藝』に掲載された森見登美彦氏の特集によると、「中学の頃から大学まで、大学ノートに手書きで毎日一頁の日記をつけていた」という。
 僕はそのノートのどこかに『将来小説家になったら使いたい四文字熟語リスト』があると踏んでいるんだけど、これは本人には訊けないな。
 小学四年生の頃の森見登美彦氏は、【ペンギン・ハイウェー】の主人公アオヤマ君に似て、好奇心旺盛で冒険好き、自然界に潜む神のパズルを解くことに夢中だったのかしらん?

 アオヤマ君のお父さんは教えてくれる。
「毎日の発見を記録しておくこと。そして、その発見を復習して整理すること」
「ずっと考える。ごはんを食べるときも、歩いているときも。書いたメモが頭の中でいつも自由に飛びまわるようになる」
アオヤマ君は複数の謎を同時に追いかけている。シロナガスクジラにもおっぱいがあるという事実について深く考える。

 素敵なアオヤマ君がいずれ京都の大学に進み、シュレディンガー方程式の壁を乗り越え、10年前に埋めたタイムカプセルを掘り返し、宇宙語で書かれた手紙を火星に届ける宇宙郵便少年を志すか、あるいは立派な腐れ大学生となって「理解できぬものを積極的に拒否しようという志をたて」、冒険の範囲を無限の四畳半に求めてその王国に君臨するのか。
あるいは手紙の文章技術を磨いて恋文代筆業で企業を志すか。

 二十歳を過ぎてからも人生経験の山を登る段階段階でようやく見えてくる己の資質ということもありますからね。
性急に自分の型を決め、一つのことだけに賭けて全てを台無しにした天狗とならぬよう、アオヤマ君が岐路に立ったとき、背中を蹴ってくれる盟友と出会えますように。
才能はあるのに作品を残していないクリエーターを見るとそう思います。

 森見登美彦氏は『文藝』で語っている。
私は「日記を書く」という行為によって、今の自分の仕事にも通じる二つの基本姿勢を体得した。書くべきことがあろうがなかろうが書くということ。そして無益な事柄こそ一生懸命に書くということである。

 これを作画に置き換えれば、「無益」とは投下した労力に対して映像効果の薄い煩雑な作画内容ということになります。
実はそこにアニメーター情熱が注がれていると、省エネで作るよう構成されたTVシリーズのカットにも、記号ではない生命が生まれます。
 演出の原画チェックは、クオリティーを守るために、そのカットに最低限必要な表現の取捨選択を常に迫られながら、限られた時間の中で作品を救う作業を強いられています。
そんなとき、カット構成上「無益な事柄」にまで丁寧に作画の情熱が注がれていると、演出は一つの取捨選択を作画の愛に救われて感謝することになります。

 作画ばかりではなく制作現場では業務以外の「無益な行為」から感じる作品愛もあり、それが直接的ではないにせよ作品やスタッフを救っていることも多いのです。

堀川

日, 7月 14 2013 » P.A.WORKS Blog

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