P.A.WORKS Blog

有頂天日記 7月7日

 久しぶりのブログ投稿ですが、平日は制作陣による『有頂天日記』が連載中なので週末に書いてみました。

 【有頂天家族】に登場する金曜倶楽部の上部組織に土曜倶楽部があることを、森見登美彦氏の最新作【聖なる怠け者の冒険】で知った。
こちらは猪鍋を食べる。どうやら京都には七つの曜日毎に七つの鍋を囲む怪々な倶楽部があるらしい。

 さて、五月の土曜日のこと。僕らは土曜倶楽部に倣って五箇山の温泉で鍋を囲んだ。猪鍋じゃないよ。
毎年恒例の本社新人スタッフ歓迎会である。

 【有頂天家族】監督でP.A.WORKS作画部長でもある吉原が乾杯の音頭をとる。
固形燃料に点いた火がゆらゆらと鍋を温めている間に、みな酔いもまわり宴も賑やかになる。
 麦酒をついで挨拶に回る新人たちが姿勢を正して先輩の話しに聴き入る。
先輩がどんな話しをしているのか並んで聴いてみたい。
下戸の僕は、大部屋の端っこの端っこでちびちびとノンアルコールビールを飲む。
大勢のスタッフが彼方此方で膝を交えて賑やかに語り合うさまを見渡していると、ノンアルコールでもほろ酔い気分になれる。
先輩から新人まで、設立からやっと十年の層ができた、の図。

 僕らの日常は、小説家も苦しめるという締切次郎に尻を叩かれる日々である。
この十数年の間、僕の理想とするアニメーションの制作現場作りと人材育成は、三歩進んで二歩後退を繰り返してきた。
何度も何度も頭をもたげる無力感。
作りたいアニメーションを語り合いながら、緊張と達成感のある刺激的な制作現場に少しずつ近づいているのか分らなくなることもある。
けれど、同じ目標を持って集まった大勢のスタッフが鍋を囲み、賑やかに談笑しているのを見ると、これもまた僕が見たかった光景の一部分なんじゃないかと思えて、ふと嬉しくなる。
『…それでも僕らは少しずつ近づいているんじゃないか』

 恒例の自己紹介のため、舞台前に一列に並んだ新人たちに今年も一つ注文を付けた。
「今までで一番印象に残っている作画のシーンは何か。その作画のどんなところに魅かれたのか」
大勢の先輩アニメーターが注目する前で新人が私論を述べるのは照れるかな、と思えばそうでもなかった。彼らは目をキラキラと輝かせて主張する。熱弁を振るう。
星飛雄馬の投げた大リーグボール1号を迎え撃つ花形満のスウィングを再現する者がいる。
「艦長、第七ハッチが開いています!」と声を張り、腕を組んでせり上がる新人の仕上げスタッフがいる。
【NARUTO】の1シーンの作画に魅せられてアニメーターになる決意をした者もいる。
志のある若者の目にはみな勢いと光がある。

 新人に向けて挨拶をする前に、僕が何故この仕事を今も続けているのかと考えてみた。
振り返ってみればどの作品も制作過程は大変で吐くこともあった。そんな日常でも嫌いな訳じゃないと思える。
作品の制作が決まる。大変な思いをする。完成試写を観る。この作品を作れてよかったと思う。次は更に新しい刺激が欲しいと思う。また大変な思いをする。完成試写を観る。涙ぐむ。20年以上ずっとその繰り返しだった。けれど刺激的だった。
もしこれから先もこの日常がずっと続けられたら、最後に振り返ったときには充分幸せな人生だと思えるんじゃないか。
長く続けていく人と、資質の有り無しの見極めの前に短期で辞める人との差は、こんな日常を10年、20年続けたいと思う人と、こんな日常が10年、20年も続くのかと不安になる人との違いなんだろうかと考えてみる。

 一つの作品を最後までやりきった達成感と、完成するまでの苦しみを天秤に乗せて比べられるところまではせめて続けてほしいと新人スタッフに言う。
体感した達成感と苦しい試練を計りにかけたとき、どちらに傾く方が正しいとは僕は言えない。
続けることを選ぶ者が持っているのは、こここそが自分の居場所であるとしがみつく思いの強さと、その仕事に適した資質と、「これが生き甲斐でござる」と胸を張る程度に刺激を求める阿呆な遊び心である。

 今夜から【有頂天家族】の放映が始まる。5月には研修中だった新人も今はどんどん本番の仕事を任されるようになった。
参加第一作目の放映に自分の担当したカットを見つけたとき、彼らは今まで感じたことのなかった喜びと誇りを体験することになる。
それがたった10秒に満たない映像であっても、後世に残る自分の表現を作品に記録した彼らの第一歩なのだ。

堀川

日, 7月 7 2013 » P.A.WORKS Blog

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