P.A.WORKS Blog

1つのことからしか興味が広がらない

 僕は元来怠け者だけど、ただ一点、何かを創るということには没頭できるようで、ほとんどの好奇心はその一点からしか広がっていかないんですね。
 
 普段から知識欲があっていろいろ調べたりすることは全くないと言ってもいいけれど、この作品を作るには、こんなこと調べなきゃ、あんなこと調べなきゃ、という場合は俄然興味が湧いてきます。
 
 ビジネス書にも以前は全く関心がなかったのですが、制作現場やアニメーション業界に置き換えながら考えて、やっと、なるほどねえ、と理解できるのです。
たいてい調べているうちにどんどん興味は脱線していく訳ですが、そうやってしか興味の範囲が広がらないんだからしょうがない、と開き直ってみる。
 
 まあ、これを前向きに利用すれば、何か考えたり勉強したりしたいときは、実感できる仕事に絡めてしまえばいいわけです。

 今度【RDG】原作者の荻原規子さんと篠原俊哉監督の対談を組めないだろうか、という話がありまして。
そこで、小説の原作者との対談ってどんなものだろうという興味がでてきます。
 
 ヒントになりそうな荻原規子さんの【ファンタジーのDND】と【〈勾玉〉の世界】の対談を読んでみると、ファンタジーとか、神話とか、小説家が物語を創作することの意味にも興味が出てきます。
 
 そうすると、幼い頃父親の語りでしか聴いたことのなかった【古事記】なんてのも買ってみて、天之御中主神、高御産巣日神、神産巣日神、宇摩志阿斯訶備比古遅神・・・ああ、人の名前も覚えられないのに神様の長たらしい名前なんてムリムリ、と1ページ目から挫折したくなるけれど、そこはちょっと粘って現代語訳から読んでみるかな、と思うわけです。

 荻原先生が、「本人が処理し終えたと思っていたものを、深淵から引きずり出す強力さをそなえた存在―それが、神話だと思う」
「神話をいじることは、たいへん危険な行為なのであって、敬虔に慎重に扱わないと、他人には見えないどこかの場所で恐ろしい報復が返ってくると」
と言われる部分も気になります。

 他の小説家の対談集やインタビュー集なども何冊か読んでいるうちに、臨床心理学の河合隼雄さんの著書【神話と日本人の心】【昔話と日本人の心】【昔話の深層】へと脱線していきまして。
「武装されていない好奇心は転落への道をたどる」(昔話の深層)は、荻原先生の言われていることのヒントになるかもしれません。
今まで心理学には全く興味がなかったのですが、作家との対談集【こころの声を聴く】【村上春樹、河合隼雄に会いに行く】【生きるとは、自分の物語をつくること】【なるほどの対話】もとても面白く、何故か箱庭療法の本を買ってみたり←今ココ。

 小説家にとって物語を書くというのは、自分の内面に向き合うとても個人的な行為のようですが、僕らがTVアニメーションで物語を作るときには、監督と脚本家を中心としたチームでアイデアを出し合う訳です。

 個人作家と制作チームでは物語を掘り下げる作業に違いが出てくると思いますが、原作者や原作兼監督の個人的な「危険を伴う行為」に共同作業者はどんな姿勢で臨めばよいのかを考えてみたり、今まで個人的には創作が楽しいだけだったけれど、もっと個人的な内面を掘り下げたらバランスを崩すような『毒』が掘り出されるのだろうかと考えてみたり。
どうも僕には良くも悪くもそういった創作の核になる狂気はなさそうですけどね。

月, 11月 5 2012 » P.A.WORKS Blog

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