第十三夜
こんばんは、堀川です。
個人的恐怖体験でしたね。
あれは12歳の秋のことでした。
住んでいた地域には、年に2度「お籠り」と呼ばれる行事がありました。
地域の小学生から中学3年生までの男子が神社に泊り、夜通し大量の木を燃やして、神無月に神様を出雲に送り、翌月になると今度は出雲から迎えます。
大人不在の行事。少年たちが神社の境内で一夜を過ごす体験は興奮するものでした。
夜中に畑から薩摩芋を掘り起こして焼いて食べたり、境内で先輩の怪談を聴いたり。
そんな表向きのイベントに隠れて、隣村の神社でお籠りをしている少年たちとの間で夜中に繰り広げられる危険な「イクサ」に、少年たちは最も興奮していたのです。
当時の大人たちから聞いた話では、昔の「イクサ」は互いに石を投げ合ったそうです。
僕の頃になると石は危ないということで、花柄爆竹、クラッカーなどの爆発物をゴム管でぶつけ合うものでした。
体に火傷やコブを作りながら、夜陰に紛れてお互いの神社を攻めるのです。
小学生の僕らにとって、お籠りに参加する最年長の中学生-体は大きく眉毛は薄く、剃り込みの入った先輩は怖い存在でした。
「敵」の中学生に掴まったら、捕虜として相手の神社まで運ばれて、大勢の前で裸にされ、笑い物にされ、焚き火の前で水をかけれるらしい、と噂で聞いていました。
だったら出陣などせず、焼き芋を食べて大人しく寝ていればいいのに、少年たちは禁忌を犯した引き換えに、興奮と武勇伝を手に入れたかったのでしょう。
僕ら4人は深夜に敵陣に向かいました。
メンバーは、同級生の6年生3人と4年生のT君でした。
「もし、俺達の誰かが捕まったらどうする?」
「絶対助ける!」
「敵に掴まったときの合言葉を決めようぜ」
「合言葉は、パンツな」
今となっては誰が言い出した合言葉なのか、何故パンツだったのかは思い出せません。
小学生の思考と行動は真剣で、時に不可解なものなのです。
「パンツって叫んだら助けに行くぞ!」
4人が手に武器を持って、姿勢を低くし、芋畑を行軍していたその時です。
「いたぞ!」
敵に見つかってしまいました。
声しか聴こえませんが、明らかに中学生たちです。
4人は飛びあがるほどビックリして、蜘蛛の子をちらすように散り散りに逃げました。
僕は息を殺して芋畑の畝に身を投げ出しました。
複数の激しい足音が近づいてくるだけで、呼吸は乱れて喉はカラカラです。
「ヤメロー、ヤメロー!」
叫び声が聴こえました。
4年生のT君の声です。
彼の身に何が起こっているのかを想像するだけで、心臓が飛び出しそうでした。
土にまみれて震えていました。
首を起して様子を見ることすらできません。
仰向けに身を固めて、じっと夜空を見ていました。
体の小さなT君は、大きな中学生数人に掴まって連れて行かれるようでした。
神無月の夜空に、暴れながら助けを求める少年の悲痛な叫び声が響きわたりました。
「パンツー!パンツ―!」
今でもその声をはっきり思い出す事ができます。
小心者は、約束を守って助けに飛び出して行きませんでした。
恐怖に負けた。
自分はその程度の男なのだと思い知る強烈な体験になりました。
それから何十年たっても、あの夜の叫び声を忘れることはありません。
もし、作品でヒーローものを作ることがあったなら、
主人公は、「パンツ」と聴けば、危険を顧みず、どんな強大な相手であろうと、必ず助けに現れるヒーローがいいな。
それが贖罪にはならないけれど、主人公には僕の30年以上のトラウマを背負って戦って欲しい。
「気を付けたほうがいいよ、ヒーローは現れないかもしれない」